BENEUTRAL23

この度、ノブが僕がTシャツを販売することとなり、僕がデザインさせていただきました。こちらから購入できます。この夏のはこの一枚で決まりです。

https://gfunding.theshop.jp/categories/1740960

ノブからフットサルにおける指導をもらった中で、僕はこの「ニュートラルであること」が一番印象に残り、今回のブランド名として採用させていただきました。ボールがどこからいつ来ても対応できるように、いつどの方向にも動けるように、ニュートラルな状態を作っておく、自分の基準値を、立ち位置を作っておく。それが分かっていれば、突然の出来事にも対応ができる。これってフットサルだけでなく、生きていく上でも大事なことなんだよな、とその時思ったのである。というわけで、ノブという人物を表しながら、ロゴとマークに確固たるメッセージを込める意味でも、このBENEUTRALはピッタリで、とにかく自分でも気に入っている。ニュートラルにはもちろん、曖昧ではっきりしないというマイナスのイメージもあるけど、自分自身も思考も固めない、柔軟さとも取れる側面こそこの時代に合うと思うんだよね。

多分そのうちパーカーとかもでると思うので、みんな買ってください!。デザインもまだ数パターンあるよ!

不良品

 マツモトヒトシの不良品発言が思ったより盛り上がっている。あれでヒトラーを連想させるようでは、もうこの世の中もいよいよお終いだなと思うんだけど、完全にその気持ちがわからないわけでもない、というところも正直ある。どう考えてもコイツはないな、内側を除いていも善の部分がないんじゃないか?と思わされるニュースが多い。多いからそう思いがちだけど、おそらくそうではなく、誰にもそうなる可能性があるんじゃないか?といつも思うんだよね。誰もが普通ではなく、みんな異常で程度の差しかない、と思うのである。だから、1万人に1人とか、10万人に1人、とかではなく全員が全員気を付けないと向こう側に落ちる可能性がある、ということだと思うんだよね。逆に「俺は絶対に不良品じゃないし、事件を起こす人間とは違う」と思ってしまっている人の方が危ないんじゃないか、と思うんだよね・・。そりゃ包丁を持って並んでいる人たちの列に飛び込むのにはかなりの何かが欠落してなければできないことだけど・・。

育児ニュース

 なんか分からないけど、yahooの下の方に子育てや子供の教育に関するニュースや記事がやけに多い。子供がいなければ見向きもしないんだけど、育児の真っ最中の僕としては気になってしまい、ついつい読んでしまう。決まって多いのは、子育てに疲れて追い込まれる母親、子育てや出産に優しくない社会、海外での子育てはこんなに素晴らしい、日本は遅れているなどマイナスなものが多く、ついにワンオペ育児という単語も生まれたようだ。こんなの読んでたら子供なんて怖くて持とうとしないし、そりゃあ少子化になるよな、なんて読みながら思う。

 たしかに育児にはこういう大変な面は確実にある。これらの記事の内容は嘘ではないし、決して大げさに書いているわけでもない。でも、全ての物事がそうであるように、楽しい面や面白い面も間違いないなくある。辛いときは辛いけど、楽しいときは楽しい。楽しい瞬間もある、と言った方がいいかな笑。だから、辛い部分だけを目立たせ良い部分を書かないのはフェアではない気がして、読んでいて時々イライラする瞬間がある。問題提起はけっこうだけど、悪循環を呼んでいる気がしてならない。

 僕も生まれたての赤ちゃんを抱っこしながら、こいつこんなに軽いのに果てしなく重いよな、と、「責任感」という言葉では片づけられない何かを感じた。何かわからないことや不安なことがあれば、調べるんだけど、上に書いたようなニュースや体験談がいくらでも出てくる。もはやホラーじゃん!と思う事もある。それ以外のものを探そうとなると、子供のすばらしさや人間の崇高さ、次の世代を育てる大事さを説くものばかりで、こっちはこっちでちょっとなあ、と思ったりする。結局はバランスなのかな。


ハルク

 長男のことを「先生」と呼び出しのは、生活の何もかもが彼を中心に回りだしたからである。何においても優先されることから、家の中で最もエラい、ということが「先生」につながったんだよね。

 で、妹はどうするのか、という所で今一番候補にあがっているのが「ハルク」である。由来は泣き声の大きさや、泣き出した時の手足の振り方があまりにも派手で、暴れているように見えるからである。予定よりも早く生まれたこともあって体重が低くて一時は心配もしていたけど、あれから見る見る逞しくなった今では当時の繊細さが丸でない笑。まあ、女の子だからハルクはないなあ、なんて思うんだけど。グルートもいいかな、でも。

一生兄

 兄としての自覚が備わっていたかのように、妹を溺愛している先生である。お母さんを取られていることもあったり、今まで自分中心だったものが明らかに変わったことで多少不安定になった部分もあったが、それでも妹が可愛い、妹の欲しいものを買うために自分は働く、などとすでにメロメロである。毎日のお風呂も僕と二人で担当しており、隙あらば抱っこしたい、抱っこしたいと言ってくる。まだ危なっかしいから完全に一人で抱っこはさせられないけど、頼もしく見える時もある。

 もしかしたら嫉妬で妹をいじめるとか、意地悪をするんじゃないか?と心配していたけど今の所そういう予兆はない。時折今までになかったわがままを言う事もあるが、無事妹の誕生を受け入れられている感じである。

 妹がいたことがないからどんな気分になるのかは分からないけど、彼はこれからずっと兄として生きていくんだよね・・。昔のこれを思い出した。

連休は

 連休は家に新生児がいることもあり、連休は僕と先生で細かく出かけることが多かった。相変わらずのマーベル熱が続いており、トイサピエンスやアベンジャーズの展示が行われているバーニーズニューヨークに出かけたりしたかな。また、実家や義理の両親に預けて蹴ることもできた。4日ぐらい連続で蹴り、後半は体がガタガタだったけど、この機会に蹴っておかないといつ蹴れるやらで、頑張ってしまった。

 働き始めてからは初めてだし、この先もこれだけ長い休みはあるのだろうか。個人的には全然楽しめたけど、たまっているのかも知れない、管理しきれない所で何かが起きているかも知れない仕事を思うとちょっとした不安もあったのも事実。日本人は休むのが下手なんて卑下しがちだけど、別にそれでいいんじゃないか?

アイアンマンロス

映画「アベンジャーズ エンドゲーム」を先生と一緒に鑑賞。涙がながらに劇場を出た僕ら二人は、やっぱりアイアンマンに惚れてしまった。前から好きだったけど、11年も続いたシリーズの最終作ともなればやっぱり特別な感情がわくもので、帰ってから段ボールでアーマーを作ってみた。本人はこれだけでも大分テンションが上がっていたけど、どうもこれでは満足できずにヘルメットだけでもちゃんと作ろうか、と。

やっぱり同じように好きな人がいるみたいで、ネットには3年前にすでに設計図が流れていたみたい。早速プリントしてそれを段ボールに貼って切って組み立てて。なんとか出来ました。本人の体とのサイズがいまいち合っていないけど、これはこれでアリかなあ、と。作っているときはあまりにもパーツが多く、本当にこれできるのか?という感じだったけど、出来あがって何となく満足である。かなりの手作り感が漂うけどね。

15

 先日の対抗戦の後、@15から送りものを頂きました。あいつに気を使ってもらうなんて非常に嬉しかったんだけど、終わってからの先生の着替えや荷物のまとめやらを全部していたら、せっかくの贈り物を忘れて本人から「忘れているよ~」と電話を頂くという・・・、人としてどうかという行いをしてしまいました。今度殴られてこようと思う・・・。

 あいつとの付き合いはチームと同じぐらいの長さになってきている。エピソードはたくさんあって、泣きながら抱き合ったこととか、退団した次の日の練習にすでに参加していたとか、僕がショウゴにパピコの一本をあげようとしたら、

「いや俺いらないっすよ」

と冷たく返されたらあいつが、

「先輩がくれるって言ってんだからもらえよ!」

と言ってくれ、妙に上下関係に厳しいとかたくさんあるんだけど、どれにも共通しているのはな「周りから愛されている」ってところかな。あいつの事を悪く言うやつはいないし、いつもこのチームの輪みたいなものを支えてくれた一人である。たまあにいるんだけど、輪の中にいて、その輪を保たせているというか、その輪の繋がりみたいなものを自然と維持させるやつっているんだよね。特別な何かをしたとかじゃないし、意識して能動的に行動をしていることもないんだけど、自然とそれが出来るんだよね。だからと言って「いつもありがとう!」!と感謝するわけでもなく、選手としての評価があがる訳でもない笑。いつもと同じようにそこにいて、いつも一緒に蹴るのが楽しい、そんな奴だ。ありがとう。

恒例の

開幕前一週間のこのタイミングで現役対OBを開催。皆を送り出す意味での練習試合の予定だったけど、割とハッスルしてしまい練習になったかどうか・・、おじさん達に付き合ってもらうような形になってしまったかな。

僕もOB側に回って感じるのは、やはりフットサルというか、競技の世界では選手たちが主役であり、彼らを中心にすべてが周りべきであるな、ということである。こっち側に出来る唯一で最高のことは応援することだけ。だから、それを精一杯やらせてもらうよ。

集まってくれたみんな、本当にありがとうございました。現役対OBをやっているチームなんて聞いたこともないし、毎回毎回これだけの人数が来てくれるなんて本当にうれしいです。みんな集まると自然に生まれるあの雰囲気、スイッチが入るあの瞬間、最高です。

ノートルダム聖堂

 ニュースのインタビューに応じ、カメラの前で泣き崩れるフランス人ほどではないにしろ、人類が長い間守り続けたものが焼け崩れるのはなんとも悲しい風景である。なんで石なのにそんなに燃えるの?という人が多いけど、「ノートルダムの鐘」かダヴィンチ・コードの歴史的建造物の屋根裏に入るシーンなどを見れば、木でできていることは分かると思うんだけど、あの木こそ13世紀のものだったりするわけけで、言ってしまえば木の方が貴重なんだよね。

 フランスに行ったときには、中にこそ入ってはいないが、外から見たノートルダム大聖堂はそれこそ威風堂々としたたたずまいで、フランスに歴史的建造物はたくさんあれど私は他とは違う、という感じであった。これがディズニーの世界だったら、カジモドの活躍と自己犠牲で建物が守られる話になるんだろうけど、現実はなんともやるせないものだ。

 ノートルダム大聖堂はたしかパリの中心とされていて、ノートルダム大聖堂を中心に距離が図られたりするはず。それだけフランス人にとっては大事なものなんだよね。