この日曜は朝から夜まで、選挙一色になりそう。こういっちゃなんだが、こういう時のテレビって最低につまらないよね。どのチャンネルも同じようなことを同じように報道するものだから、本当に飽きる。そいういのはNHKに任せて、民放は日常を守ればいいのに・・。確かに大事なことだし、国民の関心としてはプライオリティは高いだろうけど、皆が同じようなことを同じようにやるのは意味があるとは思えない。こうなったら12chに期待だな。そんな大事な1日だけど、僕らはリーグ戦。こっちも熱い。
いよいよ
いよいよ日本の大事な日がやってきますね。どこに入れるのか、入れるべきかは未だに分からない僕ではあります。そんな僕でも、今回の選挙ではそこそこの投票率になるんじゃないかと思っています。政治における、社会における自分の清き一票の価値というのは実感しにくいものである。選挙カーが走りながら大声で訴える僕らの一票なんだから、それなりの価値があるんじゃないか?と思うんだけど、実際はなかなか実感しにくい。とは言え、今回はちょっと違うんじゃないかと思う。なぜなら、民主党が大勝した前回の選挙から、社会は大分変わったんじゃないか?と感じるんだよね、悪い方にだけど。その様に感じている人も多いんじゃないかと。そういう人達が変化を求めて投票するのでは・・、と思うのだ。まあ、どこに投票しても変わらないし、全てが政治のせいではない。前回では片方がダメで皆違う方に投票したけど、ちがう方が実はもっと悪かったって結果だったから、所詮はやってみないと分からない、という世界なのかね。
原子力我が友
反対姿勢を表明してからでないと、どうにも語りにくい原発問題。反対は反対だけど、なくても大丈夫なの?と素朴な疑問を発するにも難しい空気が流れていることは間違いない。仕方のないことでありながらも、一辺倒な世論は怖いなあと思ったりする。
今では信じられないことだけど、ある時代では原子力を「夢のエネルギー」として持てはやしていた頃があった。原子力推進はアメリカの国策だった頃のことである。その時にプロパガンダ映画を製作して手を貸したのがディズニーなんだよね。それが今回のタイトル「原子力わが友」である。昔この話を聞いてビックリしたのを覚えているんだけど、ウォルトが自ら出演して「海底二万マイル」のノーチラス号の模型を使いながら原子力とは何かを説明している映画なのだ。(TV番組かも)。話には聞いてたけど観たことはなかったし、どうせないってことになっているんだろうなあと思っていたけど、普通にyoutubeに上がっていた。すごい時代だ。
とにかくメディアや政策が原子力が推し進め、夢のエネルギーというイメージを作り、「原子力最高」という世論を作り、原発を作って、それが世界に広がって、日本にも原発が出来たわけだ。当時は、今とは全く真逆の方向に向いた世論があったのだろう。当時の社会のことは知らないが、今と同じように一辺倒な世論だったのなら、なんとなく気持ち悪い。
というわけで、今正しいとされている物事も時間が経てばどうなるか分からないとも言える。携帯電話も、IPS細胞も、風向きが変わればその価値も変わる。周りに流されずに何が正しいかを見極めることは大事なのは当たり前だが、そう簡単なことではない。
寒い

それにしても寒い。毎回、去年もこんなに寒かったっけ?と考えてしまうんだけど、毎年言っている台詞に違いない。
前にも書いたけど、フランスもとてつもなく寒かった。朝早く地下鉄に乗った時に、黒人の皆様がダウンの下から出したパーカーのフードを被っていたんだよね。皆体がデカイので、異様に迫力がある。見えるのは顔の一部分だけ。僕はあの格好はBボーイの人が悪ぶる時にやる記号的なファッションかと思っていたんだけど、普通に寒いからやる格好であることを理解した。ちゃんと理由があったのだ。
最近ではアウトドア的な格好が流行っていて、街中でも山登り的な格好の人を見かけることが多い。マウンテンパーカー大好きな僕だけど、やりすぎな人を見るとなんだかなーと思わない事もない。が、この寒さならアリか。
フランス行く前に写真のこのジュンヤ・ワタナベのマウンテンパーカーを買ったけど、これが大正解であった。さすがGORETEX。雨の中でも問題なく過ごすことが出来た。「流行」という、良く考えるとあまり意味のない何かであるファッションといえでも、そうなったのにはちゃんとした理由があり、必要があったのだ。寒さを通して分かったことのひとつ。
志半ば
有名人が亡くなる度にいい人に持ち上げられる光景がなんだかなーって感じである。僕は歌舞伎の事は全く無知なのでどれほどの偉人が亡くなったのかは理解出来ていないが、言われているほどの人だったら、亡くなった本人が一番悔しいに違いない。きっとまだまだやるべき事、やりたい事は山ほどあったことだろう。
昔、仕事場を異動になった時に凄く悔しい思いをした事がある。進めていた企画がいい感じで実り、後は収穫だけというタイミングで異動の指令書が届いたのである。なんてタイミングだ!と思ったけどその何年後かに全く同じ事があって、その時に悟ったのは
「人生、何もかもが常に途中なんじゃないか?」
ってことである。いつ、どのタイミングで変化が訪れても何かしらは進行の途中である。全てが丸く収まるタイミングなんてないんだよね。
というわけで、歌舞伎の人も偉い人だっただけに色々と志半ばだったんだろうけど、ささやかな人生を送っている一般人の僕らだって同じなはず。やりたいことはやれるうちに、やりたいうちに、出来るうちにやらないと。
世界番付
世界番付って番組、好きなんだよね。スタジオに外国人を沢山集めて、世界の色々な事を紹介しながらあーだこーだ言わせる番組である。この形式の番組は今までにも沢山あって、昔すごい面白かった「ここが変だよ日本人!」もこのパターンだ。こういう番組ってカルチャーギャップや変わった風習を笑ったり、信仰的な、政治的な対立を演出したりするんだけど、世界番付ではそんな事はなく落ち着いた作りである。変な日本語が飛び交う大声の口喧嘩も面白いけど、これはこれで安心して見ることができる。
世界番付で面白いのは、その国の負の部分も紹介する所である。肥満とか、識字率とか、医療とか。発展途上国等ではライフラインすら満足に行き届いていない国もあって、スタジオに来ているその国出身の出演者がそれについてコメントをするんだよね。割と苦しく、気持ちのいい話題でもないんだけど、皆真摯に自分の国の現状を語っていて、非常に好感が持てるのだ。逆に自国の自慢を語る時は誇らしい表情で、なんだかいいんだよね。紹介される映像を通してその国を知る事もできるけど、実は出演しているその国の人の方が雄弁で説得力があるのだ。
消去法
今回の選挙でどこに投票するか、確信をもっている人はいるだろうか。前回の選挙でマニフェストの無意味さが路程されたものだから、どの等が何を言っても信憑性がないのが実情。原発を廃止と言われても、
「どうやって廃止するのか」
が提示されないので、全く意味が感じられない。増税の前に無駄を徹底的に削減します!というのと同じなんだよね。本当は政策を見て考えてその上で投票するのがいいんだろうけど、それが出来ないから困るなあ。政策で判断が出来ないとなると、信用出来そう・出来なそう、好き・嫌い、での判断になってしまって投票の意味が半減だ。
「良い」というのがないから、逆に「悪い」の程度で判断するしかないのかな。こっちは悪いんだけど、こっちは「確実にもっと悪い」で判断していくしかないのかな。とは言え、投票を強要するかの様な風潮もなんだかきにいらないんだよねー。
1Q84
ここの所、また映画と読書の波が来ている。バイオリズムの上下は1年を通じてあって、どうやら今ぐらいがピークらしい。今回読んだのはあの1Q84。飛行機の中での時間つぶし用に買ったのだが、映画ばかり観て全く読まなかったのだ。ケイタ辺りは読んだのだろうか、いや、何回読んだのかな笑。
ハルキものを読むのはすごく久しぶりだったので、読みながら「そうそう、この感じ」と懐かしい感覚があった。現実と微妙にずれたこの感覚、とでもいうのかな。リトル・ピープルや二つの月なんかもおそうだけど、NHKの集金人のくだりが一番気持ち悪かった。ああいう、「日常の間に無限に重ねられた怨念に近い気持ち」ってのはいつ具現化してもおかしくないと思うんだよね笑。そこに実態はなくても存在感はあって、消えることなくその場所に留まりそうだ。
それからやはり、ハルキが描写する生活様式である。ハルキが描く生活に憧れていることは前にも書いたけど、この作品でもそういう描写があって楽しかった。特に一人暮らしの男生活を送る主人公の日々はとても良さそうだ。シンプルでありながらも自由であり、豊かなんだよね。クラッカーの上にチーズを乗せるくだりとか、トーストを焼く時の描写。ワインを片手にベランダに座り、月を眺める場面とかもね。決して裕福ではないんだけど足ることを知り、自分の中での満足の基準を大事にしている。スマートというのか、さりげないというのか、生活なのに生活臭が全くない。日々は日常の繰り返しではない、俺もそういう価値観の中で生きたいぜ。
WBC
今度のWBCはメジャー組なしでのは参加になりそうだ。元々アメリカチームだってスターは送り込んでないから、どこが見所なのかわからなくなってきた。キューバや他のチームにも注目選手はいるけど、知名度からすれば雲泥の差。イチローとダルビッシュなしでは、見る人が半分になってしまうはずだ。始まる前からケチが付いている大会であることを思えば、もう負ける時の言い訳が発動されているのかな。
と思うのと同時、何が起きるか分からない期待もある。前回だって、変な審判が変な誤審を繰り返したことで妙に盛り上がったからね。今回だって、そういう外部的な原因とか、二軍のチームで案外勝てちゃうとか、何か面白いことが起こる可能性はあるはずだ。そこそこのチームがすげー頑張って勝っちゃう、こういうの好きだな。
ふんわり
道を走っていたら、交通案内の電光掲示板に「ふんわりアクセル」という言葉があちこちで表示されていて、それが何なのかとても気になった。きっと交通安全的なことかエコ的な事なんだろうけど、誰がそういったネーミングを選択したのかも非常に気になる。ふんわりをつければ柔らかく、可愛らしくとってもらえるかもー、と思ったのかな。
どうやらそういったものが本日からか近いうちに始まるみたいだけど、それがなんであるかを理解している人はどれほどいるのだろ。ああいう標識って運転する時には注意しながら見ているけど、いったん車を降りれば頭のなかからキレイさっぱりとなくなるものでもある。正直、僕もずっと忘れていて
「今日のブログになに書こう」
と思ってやっと思い出したぐらいだから、狙ったネーミングでも効果は薄いのかな。そして今、あえて調べたりはしない笑。




