自己責任

何がジャーナリズムなのかってところまで話題が及んでいる、ヤスダさんの件。自己責任という言葉があちこちで踊っていて、なんだか少し怖い。
体制のお世話になって助けてもらうなんて、ジャーナリストにとって恐らくあり得る中での一番カッコ悪いことだろう。体制側を見張るはずが、助けられちゃっているんだもんね。恥ずかしい思いをしているに違いない。自分自身で仰っていたように、全部自分自身のミスであり、自分自身の責任である。たしかにそうだし、色んな人に迷惑をかけているからその人自身に責任を問う気持ちはわかるが、誰もかれもがそう考えるのは危険な気がする。たとえ政府やえらい立場の人たちがそう思い、そう発言したとしても「いやいや、国民を助けるのは当たり前じゃないか?」と思う人もいてもいいと思うんだよね。名もなき国民こそのがそう思うべきじゃないか、と。その人に利用価値がなかったとしても、たとえ税金の無駄遣いになったとしても「自分の国民を助けようとしない国家でいい!」自分もその一員でありたい、と思えるのだろうか。政府の偉い人がそういうのならわかるけど、一国民がそう思うはちょっと違うのでは、と思ったんだよね・・。今回の場合はこのヤスダさんがちょっとアレな人だっただけにちょっと捻られているけど、難しいな、これ。

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